愛媛県松山市と砥部町の市町境、愛媛県総合運動公園周辺に点在する山山です。
大友山の北尾根の末端に位置するこの一帯は、各公園ができるまでは緑濃い木木に包まれていました。
谷間にはため池が点在し、日当たりのいい斜面にはみかん畑が拡がるような普通の中起伏山地でした。
神代の時代から自然環境はよかったらしく、数百基以上もの古墳、埋蔵文化財が集中、発見されています。
該当地域だけでも、釈迦面山古墳群、釈迦面山北(南ヶ丘)古墳群、大下田北(運動公園)古墳群。
大下田南古墳群、土壇原遺跡(古墳)群、古鎌山窯跡・古墳群、通谷池古墳群、谷田窯跡など多数。
まるで“古墳の谷”です。
公園開発直前に行われた発掘調査まで、ほとんどの古墳が雑木林に守られ、奇跡的なほどに原形をとどめていました。
縄文、弥生時代の古墳群は、尾根や頂上など見晴らしのいい場所に築かれました。
立地や盛り土の大きさ、石室の規模、副葬品などの多さから、往事の地方豪族らの権力の大きさを感じられます。
周溝、円形倉庫跡、古墳内部からは箱形石棺、須恵器、土師器や石剣、鉄器、金環、ガラス玉などが出土しました。
釈迦面山古墳からは弥生時代の人骨(成年男性)も発見されました。
公園の開発で山ごと切り崩された古墳があった一方で、破壊を免れたいくつかは遊歩道が整備されました。
横穴式石室の玄室を見学することもできるようになっています。
一部の石棺などは、西向かいにある金毘羅山の水満田古墳公園に移転、復元・再現されています。
釈迦面山は、運動公園の砥部側入口すぐにあるお山です。
元は南ヶ丘まで横長に連なる丘陵地でした。
陸上競技場などを整備した際の造成によって失われ、“古代の森”と名付けられた西尾根部分だけしかありません。
遊歩道を沿いの山頂に古墳が保存されています。
分布図的には大下田北古墳群(または運動公園古墳群)に属しています(釈迦面山古墳群は造成によって消失)。
南ヶ丘は、陸上競技場の南に隣接する丘陵です。
元は釈迦面山と繋がっていて北尾根のような存在でしたが、造成で切り離され、独立丘陵となりました。
釈迦面北山や麓の団地名を取って南ヶ丘などと呼ばれています。
穏やかな斜面はみかん畑などに開墾利用されています。
釈迦面山北(南ヶ丘)古墳群と呼ばれる古墳が多数、出土しました。
公園の外にあるため、遊歩道などはなく、公開された古墳はありません。
大下田山は、動物園の駐車場・エントランスの西側にあるお山です。
動物園の正面入口から駐車場に繋がる遊歩道が整備されています。
道沿いには園内に300本以上植樹された桜の多数が集まり、“桜の園”と名付けられています。
山頂には凸状に盛り土された大下田古墳の1号墳が公開されています。
この墳墓は入口に柵が無く、石室内部に入って、石積みを観察することができます。
古鎌山は、動物園と補助競技場との間にあるお山です。
陸上競技場から、動物園の東入口やこどもの城方面を結ぶ苔むした遊歩道が整備されています。
山頂に入口が半ば埋没した古鎌山古墳が見られます。
天王山は、上記の山山から北に離れた砥部町高尾田御坂川沿いにある、洪積台地です。
麓から山上まで宅地に造成され、団地の家並みの間に雑木林や高雄神社の杜が残るくらいです。
境内には室町時代に造られた石塔・宝篋印塔が安置されていたり、力くらべに用いられた力石などがあります。
えひめこどもの城の児童館の背後には、“てっぺんとりで”のある小ピークがあります。
その奥の遊歩道をたどり登ると“ふれあいの森”というエリアの小ピークも訪ねることができます。
大友山の北支尾根で、遊歩道も充実しています。
通谷山は、通谷池のほとりにあるお山です。
寛永6年(1619)に険しいV字谷を堰き止めて築かれた通谷池の堤防のような位置にあります。
通谷池側から見ると水面からの比高はわずかですが、西側の国道33号線からは鬱蒼と生い茂る森に包まれた大きな丘陵です。
山頂付近にはスパとエステを中心としたリゾート施設があります。
通谷池遺跡は堤防増築によって通谷池に水没しましたが、山頂にある通谷山古墳は露頭した石積みを見ることができます。
愛媛県総合運動公園は、昭和54年(1979)に開場した多目的運動施設です。
釈迦面山など市町境の丘陵地を切り拓き、谷田池などを埋め立てて建設されました。
高台に陸上競技場、体育館、弓道場、ピクニック広場などがあります。
陸上競技場はJリーグ加盟の愛媛FCのホームとしても活用されています。
愛媛県立とべ動物園は、昭和63年(1988)に道後動物園から移転、開園した動物園です。
道後に動物園があった当時、住宅地と隣接していたため、鳴き声や悪臭などの環境問題の改善を求める声が年年大きくなりました。
一方で湯築城史跡内にあったため、拡張もままなりませんでした。
昭和62年(1987)10月にゾウもキリンもトラックに乗って現在の砥部へと引っ越ししました。
古鎌山の西麓を平削し、大下田下池・上池の一部を埋め立てるなどして広大な敷地を確保。
檻や柵をできる限りなくしたパノラマ展示(無柵放養式展示)などを取り入れた新しいスタイルの動物園にリニューアル。
アメリカストリートやアフリカンストリートなど、ゾーン分けされています。
ベアストリートにいるホッキョクグマのピースは砥部動物園生まれ、日本で初めて人工哺育に成功、動物園一の人気者です。
えひめこどもの城は、一番新しく、平成10年(1998)にオープンした県立児童厚生施設です。
大友山の南支尾根の地形・自然を大きく改変していないため、運動公園や動物園に比べ、立体的な地形に建っています。
そのため、園内を分ける5つのゾーンは“創造の丘”、“冒険の丘”、“ふれあいの森”などと名付けられています。
洋館のような外観のあいあい児童館を始め、山上にあるてっぺんとり。
通谷池のほとりではスワンボートに乗れたり、有料無料のアトラクションが多数、設けられています。
バスが周回するほどの広さ、高低差があるので、朝夕の散歩・ジョギングコースとしても人気があります。
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